Kitchen Story 『検索しても出て来ないレシピ』
Yuさん 45歳 主婦
夫、中学生の息子さん、大学生の娘さん。
現在、娘さんは一人暮らし。
ご主人と息子さん、2匹のワンちゃんと暮らしている。
都会ではあまり聞く事の無いツクツクボウシの鳴き声。
リビングを抜ける風と鳥の囀り。
カーテンの隙間からは青い空と、すぐ横まで迫る裏山が覗く。
決して便利ではないこの場所に暮らすのは、
この自然から得る安らぎが、Yuさんにとってかけがえの無い物だからなのだろう。
*『ねばならない』は誰のため?
20歳の若い結婚は、何も知らなかったYuさんには『ねばならない』の連続だったそうです。
家は何時もピカピカでなければならない。
食事は手作りでなければならない。
ご主人のタイミングで温かい食事を食卓に並べなければならない。
家の仕事は全て自分の仕事。
結婚するまで料理も家事も未経験だったので、
『毎日朝から家中を掃除して、1日掛りで料理する事も珍しくなかった』と言います。
誰に言われた訳でも無く、主婦とはそういうものなのだと、
自分自身に課していた『ねばならない』。
やがて二人の子供を授かると、家事に加え子育てにも夢中になり、
『子供との時間に集中し過ぎて、買い物に行くのを忘れてしまう事もあって、
そのお陰で、ある物で何とかする工夫が身に付きました』と笑って話すYuさん。
主婦として母として、自分の中のあるべき姿を疑わず、懸命に過ごして来た20年。
現在、娘さんは大学生になり一人暮らしを始め、息子さんも中学生になりました。
今年、コロナによる自粛で娘さんも家に戻り、ご自身の仕事と家族4人分の家事に、
いよいよ手が回らなくなり、ある日、思い切って家族に家事の分担の相談をしたそうです。
その提案は、Yuさんの緊張を他に、驚く程すんなりと当たり前の様に受け入れられ、
それぞれが其々の事を進んで済ませ、なんとご主人が料理をする機会も出来たのだとか。
ある日『これまでずっと、きちんとしなくちゃと思ってやって来たけど、
そんな風に頑張る必要なかったのかもね』と、ご主人にポロリと話すと、
『そうだよ。だから僕は言ってたやん』と。
それは20年間、自分にかけていた呪文が解けた瞬間だったそうです。
投げればちゃんと受け止めて、何でも協力してくれる家族だったのに
投げずに抱えて一人で頑張っていたのは自分の方だった。
『なーんだ。そうなんだ、手放せなかったのは私だったんだ。』と、
とてもバカバカしくて、でもどこか幸せで、思わず泣いてしまった、そんな素敵な夜があったそうです。
でも、きっとそれは、Yuさんが丁寧に日々を紡ぐ中で、時間をかけて、いつの間にか育まれていた家族の形なのでしょう。
それ以来、気持ちがガラリと変わり、
『上手に楽して、ちゃんとする方法』を探して学ぶ、そんな日々に。
そうすると時間に余裕が出来て、自分の好きな物や事がどんどん浮き彫りになって行くんだと、今改めて新しい発見を楽しんでいるそうです。
*病み上がりのクレープ?
家族の食事で気をつけていた事はなんですか?
と言う問いには『食べる時間』と。
それは、スケジュール管理と言う意味では無く、子供の腹時計を正確に把握すると言う事。
『例えば学校から帰って来ると、お腹が空いてるタイミングでしょ?
お腹が空いている時に食べると吸収率が良い様な気がするので、
お菓子では無くて栄養と力になるおにぎりを食べさせるようにしていました』
また病み上がりの子供達に、おかゆを出しても全然食べてくれない。
でもご主人が買って帰ったスイーツなら食べる。そんな子供の姿から、
『おかゆは無理でもスイーツなら食べられるのか、それならコンビニスーイーツよりもクレープを焼けば甘さも抑えられるな』と思い付き。きび糖を使ったシンプルなクレープを焼いてみたら大当たり。
以来、”病み上がりのクレープ”はYuさんの家での定番になっているそうです。
それは固定概念を取り払い、常識よりも本質を優先する事で導き出されたYuさん親子だけの答え。
『考えて、工夫して、試してみる。』食事だけに限らず、Yuさんの生活や子育て、それらの真ん中を串刺しているのはきっとそう言う事なのでしょう。
例えば、シンクにある生ゴミ用の袋には昆布の空袋を利用していました。
『だってこれもゴミになるでしょ?わざわざビニール袋を出さなくても空袋での代用で殆ど間に合うんです』とか、
牛乳パックは洗って乾かして4分の1の大きさにカットしてストック。
そうすればニンニクや生姜を切る時のまな板にして、そのまま捨てられる、とか
子供部屋や寝室にゴミ箱は置かず、ちょっと素敵な紙袋をゴミ箱として代用、そうすれば袋を張り替える事もなく、ゴミ箱ごと捨てられる、とか。
『家事も子育てもずーっと実験みたいだと思ってやっています。
そう考えると結構面白いですよ』
*お母さんのコーンスープ
大好きなティータイムの為に、お気に入りのティーポットとカップ、紅茶の葉と砂時計を
一つに纏めて、いつでも飲めるようにキッチンの特等席に置いている。
ゆっくりと茶葉が開いて行くのを見つめるのが好きなのだと話ながら、
沸かしたお湯をポットに注ぎ、『お庭で頂きましょうか』と、
庭のテーブルにサッとクロスをかけてくれました。
気持ちが良い季節には、庭で食事をとる事も多いそうで、
『不便もあるけど、これがこの場所に住んでる理由かな』と空を見上げる。
『今回の取材を受けるに当たって、私も色々思い出してみたんです。
私にとっての母の味って何かな?って』
そう言ってYuさんが出してくれたのはコーンクリームの缶詰。
『結局これでした』と。
Yuさんのお母様は、当時では珍しいほどのワーキングマザーだったそうです。
仕事が忙しく、料理もあまり得意では無かったお母様が、よく食卓に出してくれたのが
このこコーンクリームを牛乳で伸ばしただけのスープ。
好き嫌いが激しく偏食だった子供の頃のYuさんが、これなら間違いなく喜んで食べてくれると言う、きっとお母様にとってもお守りのようなメニューだったのでしょう。
『母が忙しい事に不満を持ったり、寂しいと思ったりした事は無かったんです。
でも、”お母さんの手作りのお菓子”、とか、そう言う物に憧れがあったのかもしれません。
今回、改めて思い出してみると、
あーそうか、私自分が母にして貰いたかった事を、今子供にしてるのかもしれないって。
そう思うと、よしよし、偉い偉いって感じです。』
と言って、戯けた様子で自らの頭を撫でた。
よく観察する事。
把握して整理する事。
加えたり省いたり。
沢山の工夫を盛り込んで、
実験しては、失敗して、たまに成功すれば
心の中で小さくガッツポーズ。
Yuさんのお話は『母親業って、こんなにも美しい仕事だったんだ』と感じさせてくれる
とても綺麗な物語でした。
病み上がりのクレープ
卵 1個
きび砂糖 大さじ1
牛乳 150cc
薄力粉 100g
①卵と砂糖をよく混ぜ牛乳を加える
②薄力粉を振るい入れ混ぜ合わせる。
(ダマができた場合はザルで濾す)
③30分程度冷蔵庫で寝かせる。
④熱したフライパンに薄く油をひき弱火で焼く。
⑤クレープの縁がチリチリして来たら手早く裏返し同じように焼く。
お母さんのコーンスープ
コーンクリーム缶(155g) 2缶
同量の牛乳
コンソメ少々(今回は冷凍ストックされていた鶏のお出汁をひとかけ)